社会のことを知ろうね

バイトが終わって一息吐くと直ぐに0時なんて回ってしまって、だらだらとお風呂に入って書きものをして深夜3時とか4時に明日の予定に追われながらベッドに入る。そういう生活に身体は慣れてしまっているなんていったら苦労人みたいでちょっとだけ格好善くて自分のこと管理しきれてなくてダサいけど、取り敢えず身体は慣れてはくれないのです。どれだけ過ごしたら五時間の睡眠に身体は慣れて正常に動作してくれるのかな。足はくたくたで生きてないし、凄く辛いんだけど私の辛いは結局辛いで表しきれる辛いだから、たぶんそんなに辛くはないんだと思う。うちは母子家庭で母親が自営業なので収入は一向に安定しないし、いつでも自転車操業らしいのですけれど、俗にいう貧乏ですね。でも私小学校も中学校も高校も、こう、貧乏だから皆みたいに綺麗な習字道具がないよ、みたいなことはなかったのです。それはええ、母が頑張ってくれているからだと思っていたし、今でも六割くらい思ってはいるのですけれども、でもあのひとは母親としてとてつもなくお若いのですよね。いえ、年齢でなく。ですから女としてではなく母親としての家族の幸の為に動かされている母親を私ずっと可哀想だなんて偉そうに思っていたのですけれど、実は自業自得なのかもしれません。
 こういうと第三者から親不孝者だと罵られそうですね。困ったものです。日本人はきっとメディア精神を持っているのでしょと、最近はよく思います。
 何でもかんでも他人のことに首を突っ込んで、何でもかんでも知ろうとして、そのために知る権利とか行使して、マスメディアも調子に乗ってプライバシーの権利と報道の自由を対立させて遊んでいます。こんなこと言うとマスメディアにも罵られそうですね。我々は高潔な理念のもと、云々。それに教師の皆さんはよく新聞を読みましょうと言ってくるのです。私、あれも怖いなあと思いながら聴いているのです。
 新聞を読みましょう。世界で起きていることを知りましょう。自分が住んでいる日本の歴史くらい知らなきゃ恥ずかしいぞ。一般知識だぞ。
女なので女性の性被害の話は聞きたくないです。そう言えば皆まあそうだよねと言ってくださります。でも具体的な例は無視して、社会のことを知ろうね、今起きていることを知ろうねと、言ってくるのです。
 どうして知らなくてはいけないのかな。私が知りたくないことまで。日常に怯えたくなりながら。私は知りたいひとだけが知るような感じで全然善いと思うのですけれど、愛しの先生方はそうはいかなくて、私のどこに知る義務があるのだろうと考えてしまいます。ほんとうは知りたくないけれど知らなきゃ恥ずかしいから頑張って知識として頭に詰め込むひとたちの脳みその、なんとどす黒いことでしょう。あなたの道徳的恥辱など私は知らない。知りたくもない。そうは思うのですけれど。うーん。通常火力は出ないなあ。ゲームのはなし。絆レベルあがった。
 こう、生産的なことを書きたいですね。見返した時に私の過去が価値のあるものと思えるように。価値のないものならとっととゴミ箱に放って、脳にもきっと容量がある。

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