改行するたびのpは善くない

お題「手帳」

 こういうのやってみたかったのですよね、女子高生の間でブログが流行ったのはいつでしたっけ。アメーバあたりでで毎日お題みたいなものがあって、それで記事を書くと後日評価されてウェブ内のマイルームを飾りつけることができますよ、みたいなシステムで女の子たちがこぞって私の一生の一部というものを公開していた。それは決して日常ではなく、あくまで人生の一部。何が違うのかを考えてみればまあ言葉が違うにすぎないのだけれど、言葉が違うなら意味もその分違うと考えて、思いつかないけれどそういうことにしておく。
 最近の子って手帳使うのかな。端末でスケジュールは管理出来てしまうものね。私は手帳を開くとバイトとみたい映画の公開日と、映画好きなのですよ、追憶と美女と野獣とコナンですね、最近見たのは、あと三度目の殺人と22年目の告白は始まったら見に行くし、BLAME!は見そびれました、二週間限定はなかなか苦しい、で、少ない知り合いとのお出かけの予定くらいですね。とってもかわいそう。
 外に出かけるのは嫌いでも好きでもないのですけれど、わざわざ誰かとどこかへ行こうかと約束するようなきっかけとか理由が見つからないのですね。それでも一応手帳には真白じゃない程度に予定は詰まってるし、皆に逢いたくて時間が足らないよぅというわけでもないから、気楽と云えばそうかもしれない。
 現代のひとは時間に追われていると現代文の問題集の評論で読んだけれどほんとうにそうなのかな。確かに今は時計を持っていなければ非常識な感じではありますけれど、でももう人間の時間を時計で測ることは出来なくなっている気がする。何の根拠もないけれどそう思う。
 手帳とか文房具とか、まあなんでもそうなんだけどこだわるひとは凄くこだわるしこだわらないひとは全然こだわらないものなので、私はどちらかと云えばこだわる方なんだけど、後ろに沢山余計な罫線があるソフトカバーが善いんだよ。いろいろ書けるし、柔らかくて失礼な話折り曲げて突っ込んでいけるし。

 手帳の唯一の問題点は1の次に2が来て、2の次に3が来てしまうことだけ。困ったね。
予定と手帳がイコールにならなくなってきた世の中なので、もう約束を忘れてて遅れた時の言い訳にごめーん、手帳に書き忘れてたなんて言えないんだよなあ。くるしい。
今日はゲームの運がとてもよかったのでちょっとだけ気分は善いけど、やっぱり何も成し遂げてはいないのです。
これNsimSunに替えたらだめかな。MS明朝か何か知らないけど可愛くないなあ。
そうです、悪口とは善いものですねとだけ、書きたかったのに。

(c)etn 2017-