体内ランデヴー

 心の不調は昔から腹痛として現れていたのですけれど、今日は久々にお腹がとっても痛くって、せめてバイト前じゃなくて善かったと思いながら悶えてます。私たちの自由はあまり時代とは関係のないものなので、正しい生き方をする上で時代背景とかまったく考慮する必要はない。
 マスコミは好きなひとは好きだし嫌いなひとは嫌いだし、憧れるひとは憧れるし関わりたくもない人間は一線を引く、突き詰めれば普通の職業でございます。貫いた偏見がマスコミのひとたちは何かの事件や世間の関心事になりそうな出来事が起こると関係者に蛆虫みたいにまとわりついて報道の自由を盾に私生活を妨害する、って印象を与えるのですけれど、純粋にお利口に平凡に生きてきて十六年間、関わったことなどありませんから判りませんね。でもよく聞く報道の自由って言葉はプライバシーの権利を妨げるというもので、報道の自由とか知る権利とか、そういうものを行使する人間を見ると、ええマスコミは関係なく、私は伊藤計劃の、うろ覚えですけど、完全に制限のない自由など存在しない、みたいな言葉を思い出すのです。伊藤さんは他のところで自由とは選択する権利だとも言ってますね。私はそれを知ってからあ、あ、あ、と私の彗星が心臓に恋してしまったみたいな興奮がほとばしったのです。 報道の自由には勿論責任が存在する。報道の自由を行使したいなら喪われたプライバシーを補わないといけない。それが出来ないならそれは報道の自由ではなく自分勝手に生きて法律で裁かれるまで好き勝手やる自由だわ。私相変わらず法律が守るもの、という頭になれないのですけれど、それは善いとして。
 腹痛の原因とされる心の不調は何の事なのか判らずじまいです。人間生活疲れちゃったかなあ。

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