ぬるま湯ハッピー王道ピュアラブストーリー

あびこって名前を見たとき中国の方なのかしらんと思ったのですけれど、我孫子我孫子武丸、本屋に行った時にたまたま話題本として取り上げられててそのときたまたま沢山お金を持っているときで、たまたまその本屋さんが三千円以上お買い上げで五百円につき1ポイントのポイントをプラスで五個あげますよ、なんていうものですから一緒に買っちゃいますよね。精文館のGWフェアでした。企業の策略にまんまと乗せられてしまった。 殺戮にいたる病。  感想とか得意ではないのですけど性的倒錯者のイカれた連続殺人事件を追っていくだけかと思ったら頭がこんがらがるラストシーンで評価がぐわりと変わってしまうやつでした。あれとおんなじ、「彼女は存在しない。」  何もかもが不快で救いようのない話なんだけど、不快を不快で終わらせないタイプ。今僅かに読み直してようやく理解したんですけれど息子さんめっさ善い子やったやないですか。母の雅子と同じように(このひとはやり方がどうであったかとて)家族を守ろうとして父親の言動を監視していた、ということだったのでしょうかね、たぶん。斉藤の存在はどれだけの価値があったのでしょう。  でもすっかり騙されましたねえ。私が考えたのは夫婦の営みももうご無沙汰のような夫が妻のスカートをめくろうとした息子(信一)をぶったりするかなあみたいな違和感だけだったです。頭を抱えたい。  全体的に家族愛ってやつですねえ。今のこの日常が永遠に続けば善いと思う。時々家族に苛立ったり多少の不満はあれどぼんやりとした曖昧な、ぬるま湯のような幸せに今浸っているからそのままでいたい。ぬるま湯から出るときが一番寒いから。結局ひとって自分の為にしか生きれないのだけれど、そのなかで自分の為に外部に働きかけるエネルギーが他者にどう影響を及ぼすかを考えられる人間が、いわゆる素晴らしいひとなわけで、でも迷惑をかけていることを自覚することは確かに必要でもそこに罪悪感とか申し訳なさとか、憶える必要はないと思うのですよねえ、これが。  でもあらすじに語弊がありましてううむそこだけ騙された気分だ。凌辱の果ての殺人。少なくとも3人くらいはセックスを合意だったわけだからなあ。やっぱり父親はイカれてるんだけど、どこでイカれたかとかイカれ具合の成分を徹底的に説明してくれるから誰でもイカれることができる一冊、みたいなコメントも程良くイカれていやがると思いました。  永遠の愛って存在しますかねえ。そもそも私たちが永遠じゃないのに、有限な生命体が無限のものを抱えようだなんておこがましいのではないかしらん。魂は不死である? ソクラテス? 笑えない。  取り敢えず今度はほんわりふんわかぬるま湯ハッピーなラブストーリーでも読むことに致しましょう。以前は軽くて意味もなくて何も考える必要がないって理由だけでラノベを読んでたけど最近は買ってもないからそんな本があるか不安ですけれど。  でも一方が死んでくれたら永遠の愛って自分の努力次第で存在できるのかな。死者は愛を語らないし、私は愛を誤魔化さない。

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