お酒に酔う方がずっとまし

 バイトから帰ってくると汗と暑さと夕食なんて気分にならずに、そこから暫く氷だらけのお茶と心中して数時間してようやくおなかもすいて御飯を食べる、そんなことしていると食事の時間はぐんと遅くてもっと楽な仕事はあるのではないかと考えてしまう。仕事を覚えるのが遅いのでそんなものないんだけど、働けてるだけましというところかしら、過労死するひともサービス残業に苦しんでるひとも溢れてるのに仕事がなくて暮らせない人も溢れてる。それでいて働かなくてもお金が入ってくるひともいる。たまらない世界だ。

 唐突にツイッターとかSNSで少し驚いた感動したとかのツイートの、何万RTとかされてるやつにまったく関係もない赤の他人が、言えば赦されるとでも思ってFF外から失礼しますとか言っちゃって、好き勝手言ってまた言えば礼儀正しいとでも思ってるのか、初対面の人間に突然話しかける時点で無礼だよ、ネットだからとかSNSだからとか関係ないよ、FF外から失礼しました、堪忍やで、そういうのとか、そういう何気ないツイートにまたも赤の他人がほんとに今の政府は無能ですよねとか、無理矢理政治と関連づけさせてくるひとたちもいる、最高に気持ち悪いよ、そういうの。

 ネットのなかの世界はなんだかんだ現実の世界と対して変わらない。私たちは同時にふたつの世界を生きることは出来ない。例えば会社での私、バイト先での私、家族の前での私、学校での私、大嫌いな生徒指導の先生の前での私、そういうのは世界が違うなんて大それたものではなく、小宇宙、共同体、コミュニティの違い。学校というコミュニティの一員である私に求められる生徒としての顔。家族というコミュニティで求められる、娘としての人格、態度、それと併用して妹としての、姉としての態度、人格、口の利き方。そういうものを私たちは常時切り替えながら生活している。

 その切り替えが下手くそなひとを、ひとは八方美人ーここでいう八方美人とは場に合わせた切り替えが出来ないから取り合えず何も考えずにいい顔をしておけばなんとかなるだろうと浅はかな考えのもとでしか動けないひと、とか逆に変えなさすぎて精神的に幼いと、言うのだろう。

 私は相手によって態度を変えたりしません。そんなのは自分に嘘を吐いてることになりますなんていうひとがいる。何もしないでありのままの自分を受け入れてもらおうだなんて傲慢がすぎる。態度を変えるってのは嘘を吐いていることでも自分をよく見せることでもない、ただ正当性とずるさの真ん中を隔て、ルール適応外でより善く生きていく為のマナーだ。どれだけ生きづらくっても私はひとによって態度変えたくないわ!みたいなひとはもう放っておけば善い。意外と多いひとたちで、一昨日くらいにも言ったけど、生きづらいわたくしに酔ってるひとだから。

 

 心理社会的モラトリアムだ。近代社会になって、いろんなひとと関わることになって、それは決してひとつの顔でいられなくなる、職業選択の自由、ほぼ義務的な学校への通学。八方美人を責めることは出来ない。社会が早すぎる。それでも周りは鈍間と尻を叩くことも、手伝ってあげることも出来ない。民主主義のもとに成り立つ、自立精神だから。

 ゲームのために目を離している間に書きたいことを忘れたのでそろそろ。

(c)etn 2017-